どうすれば営業を変えられるのか③
「変わるが勝ち!」という楽観性
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◇当てずっぽうの予想
 私は経済アナリストでも経済評論家でもない。経済の実態を肌で感じられる立場の営業コンサルタントである。実は、私が普段接する営業担当者が景気の変動にもっとも敏感に反応する。彼らは日々、販売や受注に駆けずり回っているからだ。
 私は1990年代半ば頃から講師を務めたが、営業の仕事に従事する社員が減っていき、表情に険しさと暗さが増していくのが分かった。すっかり自信を喪失した営業担当者を眺め、将来の厳しさに思いを馳せた。そして、日本は2010年代半ばから2020年代半ばにかけて大転換期に差しかかり、危機的な状況を迎えるのでないかと案じた。

戦後、右肩上がりの経済を前提につくられてきた社会の体制や制度、仕組みなどが機能不全どころか機能停止に追い込まれる?

 そこで、21世紀に入った頃から講演などで「1990年代は空白の十年、2000年代は凋落の十年、2010年代は破綻の十年になりそうだ」と話してきた。「空白の十年」という形容を用いたのは『日経ビジネス』でなかろうか(不確か)。

さらに、「このまま突き進めば、日本は?経済敗戦″を迎える」と。

 「当てずっぽうにすぎない私の予想が外れることを願っているが、社長としては備えを怠るわけにいかない」とも話してきた。会社を大きくすることもさることながら、会社をつぶさないことを第一に考えなくてならない。

社長は経営を巡る環境が最悪の状態を想定し、それでも何とかやっていけるように手立てを済ませておく。

 社員も同じ。小心者の私は、例えば技術革新の進展や不況の深まりに応じ、いつでも打ちあげられるように3本のロケットくらいは整えている。ロケットとは、テコ入れのカンフル剤のほか、新規の事業や商品のこと。ならば、3年は生きながらえることができる。これは体力の乏しい中小企業、零細企業、自営業者ほど大事である。
 悪くなってから仕込むのでは間に合わないことは、周回遅れの出版業界やコンサルタント業界を眺めると、実感として分かる。恐ろしく古い。かつての栄光への未練を捨て切れず、成功の呪縛から抜け出せないこうした業界は、いまだに自分たちが世の中を引っ張っていると思い込んでいる。

変革の最大のネックは、数字に裏打ちされないプライドである。

 根拠も正当性もない。結果を出せない当事者がプライドにしがみついたら消える。
 日本の国家と企業は幸運にも恵まれ、猶予期間を与えられた。私は「一番苦しくなるのは2010年代後半」とも話してきたが、それが先送りされた。世界経済や国際情勢に異変が起こらなければ、東京五輪開催まで「平成の神風景気」になりそうだ。

社長は追い風が吹いている数年の間に、時代の風雪で激しく痛み、大きく傾いた屋台骨を全力で立て直さなくてならない。

 私は人口激減社会、大増税時代の日本企業はこの好況期の備えで、次の不況期の運命が決すると考えている。

◇変化の加速
 バブル崩壊後を振り返れば、経済が右肩下がりに転じるとともに市場や顧客が様変わりした。その後も変化は加速する一方である。

企業の大半は従来の経営や事業、商品や販売にちょっとした手直しを施し、当座を凌ごうとしてきた。

 社長も社員も変化を嫌い、思考を止めてしまった。したがって、将来の展望を持つことができなかった。それが長期にわたる業績の下落、規模の縮小という不幸な結果を招いた。

自分が正しいと思うかぎり、人は変われない。実際、自分が正しいと思う社員の多い業界や企業は惨敗である。

 縮みっ放しになるだけでなく孤独になる。そもそも自分が正しいはずがない。

自分が正しければ、門前に列をなしている。

 門前に列をなさないから、自分は偉いと訴えたくて著者を腐す書評を書く。さみしすぎる。そんな暇があったら、本を出せ。カネが出ていくのと入ってくるのでは大違いだ。今日、だれにも出版の道は開かれている。これについては「あとがき」で触れている。
 私は自慢でないが、門前に列をなしたことがない。高が知れているからだ。自分が正しいと思う人がもっとも退屈である。たいした成長が見られないし、成果を上げていない。

自社や自分が変わるとは、むろん「変わる」ことでない。

 昨日の自社や自分を「捨てる」ことである。そう考えなくては変化の振幅と速度に追いつけず、置いていかれるばかりだ。

大丈夫、守ろうとしても守れない。

 長らく不振を極める業界や企業、そして個人は、守ろうとして失ったものの大きさに気づくべきである。そもそも守ろうとして守れるのは、経営と人生の達人に限られる。
 この先、一握りの勝ち組と大多数の負け組という2極化の構図は一段と鮮明になる。不況をくぐるたびに…。そのうえ、トップシェアを持つ企業が圧倒的な優位を手に入れる。
 自社の敗北の原因や責任を政治や社会、経済、技術革新や不況、市場や顧客などの外部に求めていては、どん底まで転げ落ちる。
 私が講演などで説いてきたのは至ってシンプル、「変わるが勝ち!」。

変化を果敢につくるものが、変化をよく制する。

 じり貧の自社、落ち目の自分。顧客が自社や自分に「NO」を突きつけている証拠である。社員が自分に、上司や同僚が自分に、世間や周囲が自分に「NO」を突きつけている証拠である。私たちは孤立を深めてならない。

変化など簡単。自社と自分を笑い飛ばせばよい。

 変化への覚悟を決め、楽天的に生き、楽天的に働こう。「案ずるより変わるが易い」。きょうが頂点だとしたら、夢もチボーもない(←古い)。

◇企業の存続
 企業は国内外のライバルと、さらに間接競合まで含め、熾烈な生き残り競争に巻き込まれている。この先、はたして自社はやっていけるのか? 答は、社員次第である。

皆が勝とうと真剣に考え、勝とうと必死に動いていること。

 社長の仕事は、そうした意識と行動を促す文化・風土・体制・制度・仕組みなどの環境をつくりあげることに尽きる。

言うのは簡単だが、それは現状へのダメ出しから始まる。社長にとり地獄の扉を開けるくらい恐ろしいことだ。

 例えば、業績不振に陥るオーナー企業では、自分か創業者の否定になる。あるいは、古参の役員やベテランの管理者、そして大方の社員の否定になる。さらに、そうした役員や管理者、社員にしてしまった自分の否定になる。この先、はたして自社はやっていけるのか? 答は、社長次第である。
 常識として、環境が劇的に変わる時期では、自社を変えるリスクよりも変えないリスクのほうが大きい。変わればうまくいくという保証はないが、変わらないかぎり生き残れない。

「変わらないとは、座して死を待つこと」。

 社長はそう分かりやすく社員に伝えているだろうか。数年に及ぶ業績不振は、営業にしろ経営にしろ、従来のやり方の敗北を意味する。結局、企業が勝つとは、社員の意識と行動の両面がはっきりと変わることだ。そして、その連続が「勝ち残り」につながる。

変化の時代では、絶えざる自己否定が存続の条件だ。

 「自分など取るに足らない」。私の人生を支えてきた考え方である。

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