「営業ノウハウ」は役立たずなのか①
社長は売れない時代の売り方だけを考えよ
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◇売れない時代
 売り上げを伸ばすにはどのようにすればよいか。私は営業活動のあり方を四六時中考えてきた。営業の現役としては58~59歳で退いたが、営業の講師・コンサルタントとしてはいまだに模索を続けている。幾度か述べたとおり、成熟市場では売ろうとしても売れない。売ろうとして売れるなら、営業活動に何の苦労もない。

「売れない時代でもっとも難しいのは、売ることだ。誇りを持て」。

 私は企業研修などで深い愛情を込め、売り上げづくりに苦戦する営業担当者をこきおろしながら持ちあげてきた。どっちなんだっ!
 ところが、そうした当たり前の認識を出発点とし、営業のあり方を探っている社長にあまり会わなかった。それでどうして業績責任を負えるのか不可解だった。
 私は営業立て直し・業績テコ入れの個別相談に訪れる社長にかならず説いている。

「売れない時代では、御社の優秀な社員を営業に配属してほしい」。

 今日、企業がリストラを実施するとの報道が流れるだけで株価が跳ねあがる。しかし、バブル崩壊後しばらくは世の中に終身雇用を当然とする空気が残っていた。業績が急降下し、間接部門の余剰人員の処遇に困った取締役が「しょうがないから、営業にでも回しておけ」と口走った。私がこれまでに聞いたなかで、営業の仕事に対する最大の侮辱である。
 私はNPO法人営業実践大学理事長の務めを通じ、また講師とコンサルタントいう仕事を通じ、営業の地位の向上に打ち込んできた。いまどき営業を軽んじると、会社をつぶす。
 実は、営業から企画などのスタッフ部門に異動になると「左遷」と見なされる会社がある。本人も落ち込む。ここは営業が滅茶苦茶強い。
 一番難しい仕事に一番優秀な社員をつけるのは、人事のセオリーだ。

私は結局、売れない時代の売り方に絞って考えてきた。

 明治大学5年中退の頭では、答を引き出せないテーマなのかもしれない。手に負えない難問だから、うだうだとひきずる。寝ても覚めても…。それが私の教育指導における際立った特徴になり、「営業再建屋」という商売につながっていった。人生は分からないものだ。

◇高みへの到達

私自身は性分として、うまくいくことが嫌いだ。

 職業柄、大勢から尋ねられる。「なぜ営業が好きなのですか」。「うまくいかないからでしょうか」と私。「なぜ開発営業(超ルーティン)が好きなのですか」。「通常営業(ルーティン)よりうまくいかないからでしょうか」。「なぜ営業再建屋になったのですか」。「うまくいかないからでしょうか。とても難しく、しかも厳しい職業です」と私。

うまくいくことなど、何が面白いのか。刺激が乏しく、それによりもたらされる成果と成長は高が知れている。

 うまくいくことの代表格の一つが読書や勉強である。机の上で満たされ、学んだ気になれる。私は、トリプルアクセルに挑んではしくじる浅田真央の気持ちがちょびっと分かるし、高橋大輔(たかはし・だいすけ)選手と並んでおおいに尊敬している。

自らの成果と成長を本気で望むなら、「できることはもうやらない」と誓うだけでよい。至って簡単。

 これを守って働くなら、職業人生でその人なりの″高み″にかならず到達することができる。営業担当者でも、社員でも、社長でも同じ。
 何事も単純にしか考えられない私は、「できることはもうやらない」と自分に言い聞かせてきた。それをどこまで徹底できたかという疑問や不満は残るにしろ、62歳の今日までこの誓いは変わらない。
 例えば、本を百冊読むよりも本を1冊書くほうが学びと気づきが大きい。セミナーを百回受けるよりも実際に1回行うほうが学びと気づきが大きい。万事がこの調子・・・。
 本書の原稿の最終ブラッシュアップに当たっても、それを忘れないようにした。これでもかというほど挑み、いやというほどしくじるから、いつまでも終えられない。やはり、うまくいかないことは、人に成果と成長をもたらす。
 「売れない時代に売る」という、一生かかっても解けない問題に好かれたことは、私にとり幸運だった。浅田真央はおそらくトリプルアクセルに好かれてしまった。
 自分が問題を選ぶ、自分が仕事を選ぶなど、思いあがりもはなはだしい。そうでない、問題が人を選ぶ、仕事が人を選ぶ。

問題も、仕事も、執拗に立ち向かってくる人を選び、手放さない。

 社長は、困難な環境における人事では挑戦者を最上位に位置づけよ。とりわけ営業では…。

◇講師稼業の励み
 私が携わってきた仕事は、本人がそれを望まないかぎり、親として子どもに継がせたいという気持ちになれない激務である。経営の仕事もそうなのだろう。文字どおり裸一貫で大企業を築いた社長が「子どもに継がせない」と言い切った。会社は公器と考えているのかもしれないが、それだけでは説明がつかないと私は感じた。
 営業の講師とコンサルタントの仕事は苦闘そのものだった。しかし、喜びがまったくなかったわけでない。とりわけ講師稼業では毎日が新鮮な接触であり、さまざまな機会にいただく率直な感想や意見、評価が励みとなり、また救いとなった。
 私は企業研修が主体だったが、公開セミナーにもずいぶんと登壇した。参加者から「営業のことばかり考えているのですか」とあきれられた。50代半ば頃まで機関銃みたいにまくし立てていた。「ここまで営業を語れる講師は初めて!」といった感想が寄せられた。多くの有料セミナーに出たという参加者から面と向かって「和田先生が一番です」と言われもした。
 同様の声は、大手のビジネスセミナー会社の事務局からも寄せられる。彼らは膨大な開催実績を有し、大勢の講師の力量と水準を横並びで客観的に比較できる。「評価のプロ」と呼べるわけで、講師が怖いのはこちら。が、事務局は講師を起用する立場なので、自らは講師に優劣をつけられない。なのに、言ってならないことを、私は言われてきた。
 また、大手企業の「提案営業研修」では、社長が総括の挨拶で「よくぞここまでの講師を探してきた。ほめてやりたい」と、私を招いてくれた責任者を皆の前でたたえた。こそばゆい思いで社長の挨拶を聞いていたことが懐かしい。
 私は冷静な自己評価を下せない。しかしながら、どうすれば売れるか、頭が壊れるほど考え抜く「執念」において、だれにも引けを取らない。それが顧客の信頼と評価の獲得につながった。2000年代後半以降、同業者が次々と消えていくなかで生き残ることができた。

◇社長のご褒美

売れない時代の売り方に絞ってきたので、私は「好況」が好きになれない。

 はっきり言って、好況期に売っても面白くない。景気が売ったのか、自分が売ったのか、区別がつきにくい。不況期に売っておけば、「好況期に売ったのもおれだ」と胸を張れる。

私は「不況に売ってこその営業」と説いてきた。

 読者に誤解が生じないように言葉を補いたい。国家と国民を思えば、好況が望ましい。私が営業再建屋として関わるクライアントを思えば、好況が望ましい。あくまで一営業担当者として、そうした気概を大切にやってきた。
 東京は五輪関連予算が執行されるのにともない、景気が沸騰するだろう。それが首都圏、さらに全国へ波及するだろう。しかし、世界経済の暗転や国際紛争の勃発などにより、たちどころに不況期に突入しないとも限らない。「一寸先は闇」なのだ。

社長が売れない市場環境でどう売るかを考えることは、長期的なトレンドとして縮小が加速する日本では重大である。

 私はとくに内需型の企業の経営者に知っておいてもらいたい。疲弊が激しい地方の中小企業の経営者はなおさらだ。

社長が至難のテーマに取り組み、答を見出すことで受け取るご褒美は大きい。

 創業社長やオーナー社長にとり、会社は人生そのものであり、社員は家族そのものである。かけがえのない会社と社員を守れるうえに、不況期でも業績を伸ばしていける。
 私は50代半ば過ぎに更年期障害で苦しんだ頃、この仕事をもう続けられないのでないかと思った。つらい時期から抜け出し、いまは体調と体力を保てるなら、2度目の東京五輪まで現役を続けようと決めている。69歳に達する。それもこれも職業人生の宿題を与えられたことで可能になった。強い使命感を持ちながら奮闘している。
 また、私は両親がどちらも痴呆(認知症)が深刻な家系なので覚悟を決めているが、なぜか現時点で兆候は表れていない。重い宿題といくらか関わりがあるのだろうか。
 営業再建屋としての私は、「社長は売れない時代の売り方だけを考えればいい」と思う。幾度も押し寄せる景気の変動の底で生きながらえるうちにライバルが消えていく。やがて「残存者利益」を独り占めにできる。

皆が避けようとする難問を解いたとき、競争優位が手に入る。

 「激戦の成長市場」よりも「一人勝ちの成熟市場」のほうが断然おいしい。パイが縮んでいるからと、いたずらに悲観することもない。自らが伸びればよいことだ。

社長よ、ぶっちぎれ。


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