御社の営業はどれほど頭で稼いでいるか②
錆びついた営業観が予算未達を慢性化させる
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◇私の結論

営業とは何か? そう問われれば、私は迷わず「与えること」と答える。かっこいいからだ。

 脳のキャパシティ(容量)からして、私はシンプルにしか考えられない。

私は開き直りもあり、「馬鹿の一つ覚え」を大切にしてきた。

 この言葉の用法は、本来の意味といくらかずれるが…。ゆえに、思考が一段とシンプルになる。「営業とは、与えること」。長い営業経験を通した結論といえる。
 例えば、営業の準備とは「与える準備」である。カバンに製品カタログや商品パンフレットを詰める代わりに、法人顧客の経営や業務、個人顧客の人生や生活に役立ちそうな切り抜き記事をちょびっと収める。
 私の場合は学生時代に配達に携わった「日本経済新聞」や「日経ビジネス(当時は隔週)」に親しみを感じており、おもに日本経済新聞社グループの媒体を用いた。

カバンが軽くなるので、営業の足取りがルンルンになる(←古い)。

 運がよければ、顧客が近くの大衆食堂でランチ定食ぐらいおごってくれるかもしれない。赤貧の時代、私の営業活動におけるインナースローガン(内向きの標語)は、「飯はお客におごらせろ!」だった。ずいぶんと助けていただき、感謝に堪えない。
 同様に、営業の勉強とは、「与える勉強」である。どうすれば顧客に「面談に応じてよかった」と思ってもらえるかに知恵を絞る。万事がこの調子・・・。

私はおおげさな言葉をあまり好まないが、これが営業のあり方とやり方を決定づける「営業観」である。

 背景は、成長市場から成熟市場への移行であり、それにともなう「需給関係」の逆転である。「需要 > 供給」から「需要 < 供給」へ、売り手市場から買い手市場へ。平たく言えば、買いたい人よりも売りたい人のほうがはるかに多い。

顧客が主導権を握り、″主役″の座に収まる。

 私が営業活動を始めたのは、新聞配達に携わった19歳(1970年)である。家が貧しかったために日本経済新聞専売所に住み込み、結果として新聞の営業を味わえた。あくまで自発的な意思で、ちょっとかじったくらい。
 新聞の営業は分かりやすいたとえとして、百軒飛び込んで99軒断られる世界である。

このときに、「営業とは失敗である」「大丈夫、営業はうまくいかない」と気づくとともに、魅力の一端に触れられた。

 これは幸運だった。まさか今日の自分につながるとは…。亡くなった両親に感謝している。
当時は成長市場だが、私は最初から「与える営業」である。何せ身の回りは紙だらけ(紙とは新聞のこと)。これも幸運だった。
 一般に、顧客の引き合いや注文が盛んな成長市場では、営業担当者が「与える営業」を行わなくてもそれなりの数字を残せる。好況期でも同じ。しかし、成熟市場が深まっており、不況期が繰り返し襲う。「与える営業」に改めるべきだ。

◇営業の勘違い

成績低迷者は、営業とは「得ること」と勘違いしやすい。

 元凶はたいてい「上」である。社長や上司が売れた時代への郷愁を引きずっていたりする。そうした営業観は、売れない時代の?足かせ″となる。
 得ようとして得られるなら、私たちはとうにあり余る豊かさと幸せを手に入れている。しかし、現実にはそうなっていない。なぜなら、皆が得たいと望んでいるからだ。

人は、自分から得ようとする人を好まない。顧客も同じ。

 営業活動では、得ようとしても得られない。得られたとしても、胸を張れるような数字は残せない。

成績不振者は、営業とは「奪うこと」と勘違いしやすい。

 元凶はたいてい「上」である。社長や上司が「そーれ行け」「とにかく売れ」とハッパをかけていたりする。そうした営業観は、売れない時代の″重石(おもし)″となる。
 皆の関心が顧客にいかに買わせるかへ向かう。相手が流通だと、いかに押し込むかへ向かう。その姿勢が自らの首を絞めている現実に気づくことができない。

人は、自分から奪おうとする人を遠ざける。顧客も同じ。

 これだと、とくに優良顧客とつきあえない。つきあえたとしても、長続きしない。数字は沈んだままになる。

◇営業の勝負!
 先に述べたとおり、売り手市場から買い手市場へ、営業活動を巡る環境は正反対になった。

営業の考え方もやり方も引っ繰り返す。私は「真逆営業」と呼ぶ。

 これが環境適応であり、いまや顧客にどれくらい与えられるかの勝負である。

人は、自分に与えてくれる人を受け入れる。さらに迎え入れる。ときに招き入れる。顧客も同じ。

 営業活動を通じて顧客に与えた結果が社員の成績、部門や拠点、企業の業績にほかならない。社長をはじめ、すべての営業関係者はそう肝に銘じたうえで、楽観的に働く。

営業の仕事とは、顧客に対する「価値」の提供に尽きる。

 この価値は、広い意味の「役立ち」と言い換えられる。
 営業活動のスタートの地点では、緩やかな役立ちでよい。これが本節と「はしがき」で明かした「情報営業」である。私は長年、経済紙や産業紙を用いた「和田創方式 情報営業研修」に力を入れてきた。

多くの顧客に使い回せる「切り抜き記事」を用いる。

 私の場合はさらに『営業説法(本書の素材)』、加えて『営業川柳』『明日へのヒント』なども用いた。おもに社長や取締役に喜んでいただけるよう、情報提供は徹底して行った。
 そして、営業活動のゴールの地点では、厳密な役立ちになる。これが「和田創方式 提案営業研修」である。

その顧客のためにわざわざ仕立てた「提案書」を用いる。

 ″本物の提案営業″が「情報営業?提案営業」という文脈のなかで成り立つことを理解している社長や社員は皆無に近い。

営業活動の入口が情報営業、出口が提案営業という関係である。

 提案営業単独では、目論見どおりの成果をなかなか上げられない。

◇営業の仕事
 結局、営業の仕事とは、顧客価値の最大化、役立ちの精度向上を追求する過程といえる。

営業担当者が売れない時代に売り上げを増やそうとするとストレスやプレッシャーに苦しめられ、仕事がつらくなる。

 売り上げを増やすなんて大それたことを考えてならない。ムリムリ・・・。
 そうでなく根幹の「営業観」を変え、それに則して「営業行動」を改める。営業担当者は顧客に与えることに情熱と手間を注ぐのだ。相手がウェルカムだと、仕事が楽になる。

面談前に何を与えるかと考える。面談中に何を与えているかと問いかける。面談後に何を与えたかと振り返る。

 一人ひとりが己の営業のあり方とやり方を、あくまで主役の観点から検証する。私が出会った素晴らしい成績を上げるトップセールスパーソンは等しくそうだった。
こ れまで述べたことが社員に営業習慣として根づくことで、社長が標榜する「顧客第一」の思想をようやく具現化することが可能になる。

それは、「変わったね!」という主役の賛辞につながるはずだ。

 幾度か述べたとおり、社員の成績、部門や拠点、企業の業績の良し悪しは顧客が決める。

数字とは、主役の評価にほかならない。

 己の数字を眺めるなら、「顧客第一」を実践できているかどうかの判断は容易に下せる。
 社長は錆びついた営業観が社員の営業行動を損ない、予算未達を慢性化させることを忘れてならない。
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