第1講
環境の変化と営業方法の転換
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 激しい競争環境に勝ち残るためには、営業マンが顧客志向に頭を切り替え、創注型営業活動を実践していくことが条件となる。提案営業とは、自社の強みを生かして顧客が抱える課題の解決に貢献し、顧客満足を実現しようとする取り組みである。
この記事は、私が「提案営業研修」で用いてきた事前課題図書に収めた原稿です。私の営業本の第一作『提案営業成功の法則』(日本実業出版社)に若干の増補を行ったものです。 1996年の刊行から相当な歳月が経ちましたが、いまだに通用する内容です。「提案営業」に関する基礎知識が得られると考えて掲載しました。
1.営業活動に知恵が必要
 長引く景気低迷のなかで、企業は業績不振にあえいでいる。そして、売りの最前線に立つ営業マンは、危機的な状況を身をもって感じている。実際、多くの営業マンが壁にぶつかって苦しんでいる。それも誠実で行動力があり、営業マンの“鏡”とされるタイプほど悩みは深刻である。
 これまでは行動すれば、それなりの成績を残すことができた。だが市場の伸びが止まり、ライバルとの競争が激しさを増す一方の今日では、やみくもに顧客のもとへ足を運んでも局面は打開できない。
 営業マンが商品を売り込もうと力説すればするほど、顧客の気持ちは後退してしまう。こうした強引な説得を試みたところで、「だから、どうなの?」という顔をされるだけだ。
 顧客の関心は、もっぱら自分自身の利益にある。つまり、営業マンが懸命に展開するセールストークの一歩先を知りたいのである。さらに顧客は千差万別であり、営業活動の状況や条件はその都度異なる。絞切り型の頭脳構造では対応できない。営業活動に何よりも「知恵」が必要となっている。提案営業の実践が強く求められるのである。

2.提案営業とは何か?
 提案営業とは、営業マンが顧客の抱える「課題」を明確にしたうえで、自社の商品がその「解決」にどのように貢献するのかを、顧客の「ベネフィット」とともに描き切る作業である。顧客が法人であればその繁栄を支援し、個人であればその幸福を支援していく活動である。そして、つまるところ「顧客満足」の実現を目指す。
 ここで、提案営業に対する誤解を改めておこう。これまでの営業方法は間違いであり、提案営業こそが正しいとする認識である。これは明らかな誤解と言わざるをえない。次項以降で環境の変化を踏まえて営業活動の特徴を比較するが、これまでのやり方は少なくとも合理的である。
 提案営業とは営業活動における「環境適応」のあり方である。時代が変わった以上は、営業方法も変えていこうとする当然の取り組みだ。提案営業は、行き詰まりがちな営業活動と、自信を失いかけている営業マンの双方を活性化する有力な決め手となる。

3.成長市場から飽和市場へ
 本格的な成熟社会が到来し、営業活動を巡る環境が大きく変化した。そして、21世紀を目前にして、いまもなお激しく変化しつづけている(図1-1)。
 戦後一貫して、経済は右肩上がりの傾向にあった。日本人の勤勉さに加えて、焦土からの再出発など、急成長する社会的な条件がそろっていた。人口が増え、消費が増え、それを追いかけるように生産が増えた。この拡大サイクルのなかでは、どの企業もそれなりに業績を伸ばすことができた。成長市場の恩恵に浴したわけである。顧客の購買意欲は旺盛であり、買い手があちこちに存在していた時代である。
 ところが、バブルの崩壊を契機に「右肩下がり」の傾向が顕著になった。景気低迷による設備投資や消費の一時的な後退にとどまらない。少子化のほか、規制緩和や産業空洞化などの構造的な問題を山のように抱えている。技術革新がリードする情報通信などの分野を除いて、市場そのものの拡大はもはや期待できない。



 これからの営業活動は、「飽和市場」におけるライバルとの一定のパイの争奪戦である。どこかが笑えば、かならずどこかが泣く。熾烈なサバイバルレースが始まる。顧客の購買意欲が減退し、どこを見回しても買い手がほとんど不在である。

4.所有価値から利用価値へ
 かつては、だれもが物質的な豊かさをひたすら追い求めた。商品の所有価値が何よりも重視され、商品を購入すること自体が喜びであり、目的となっていた。
 ピアノや百科事典などの知的な商品でさえも、利用よりは所有が第一義であった。中流家庭ではピアノが応接間を占領し、百科事典が玄関の真正面の書棚に収納されていた。
 だが、いまは消音ピアノが人気となり、百科事典はCD-ROM版が支持される。ほんとうに利用したい人しか買わない結果である。だれもが精神的な豊かさを大切にするようになった。商品の「利用価値」こそが問われ、商品を購入することは手段にすぎない。レンタルやリースの急速な普及が、この間の事情を端的に物語っている。これは企業にも生活者にも共通する変化である。
 営業マンならば、商品の販売が目的となったとしても、いたしかたない面がある。だが、顧客にとって、商品の購入は断じて目的ではない。顧客は商品を使いこなして、十分な満足を得たいと望んでいるのだ。営業マンが商品の利用方法に踏み込んで提案することが商談の成立に必須となる。
 顧客のニーズも、人並みで形式的なものから、個性的で実質的なものへと様変わりした。価格との比較から商品の価値をシビアに見きわめつつ、しかも“自分仕様”へのこだわりを強める。企業は長らく商品知識を独り占めにすることで優位を保ってきた。いまでは顧客のほうが豊富で詳細な情報を持つ。

5.商品による差別化は困難
 これまで商品は目に見えるハードが中心だった。顧客は商品の外見から品質や機能、特徴などをおおよそ推察することができる。したがって、営業マンが説明に詰まっても、現物を提示すればよかった。
 だが、いまでは商品がソフト、サービス、システムなどへと広がりを見せている。有形から無形になり、複合化・高度化して、それを理解させることが困難になりつつある。顧客に対して論理的な説得が不可欠である。さらに、開発や生産、販売における格差が縮小し、商品はほぼ「横並び」となる。商品自体による差別化の道が閉ざされる。
 また、価格の決定権を顧客が握りはじめ、適正な利益すら確保できない。営業活動の現場では買い手が妥当と考える価格が先にあり、そこから原価を差し引いて残れば利益となる状況だ。営業マンが値引きに頼る営業方法を行うのでは、自社と自分の首を絞めるだけである。

6.営業活動の量から質へ
 市場も顧客も商品も、営業活動を巡る環境が一変してしまった。営業活動の量から質への転換を図ることが、緊急の課題となる(図1-2)。



 購買意欲の旺盛な見込客が多い成長市場では、営業活動の量を優先させ、訪問の件数と頻度を重視することが明らかに有利である(図1-3)。つまり、広く浅く働きかける出会いがしらの営業を実践すればよい。営業マンは足で稼ぎ、行動力がベースとなる。


 一方、飽和市場では、購買意欲の減退した見込客か、購買に何らかの阻害要因のある見込客が対象となる。営業活動の「質」を優先させることが有利である。それぞれの顧客へ最適な営業活動を行うことで、商談の成功率を高める。つまり、数少ない見込客に対して、狭く深く仕掛けていく営業である。営業マンは頭で稼ぎ、「提案力」がベースとなる。訪問数を増やせば顧客が見つかるという、“犬棒式”の幸運を期待してはならない。

7.受注型から創注型へ
 営業マンはいますぐ受注型から「創注型」へと営業活動を切り替えよう。飽和市場で売り上げを伸ばすには、足を運んで顧客からの注文を待つという受け身の姿勢は通用しない。いわゆるご用聞き営業は、電話やファクス、パソコンによる受注で十分に代行できる。営業マンは自ら顧客へ働きかけ、潜在ニーズを掘り起こす意気込みを持ってほしい。
 これまでは文字どおり商品そのものを売ればよかった。ところが、商品格差がぐんと縮小し、顧客の値引き要求もなかなか厳しい。商品力だけに頼らず、売り手の知恵によって差別化を図り、激化する一方の競争に打ち勝たなければならない。
 今日、営業マンが売るのは自らの「提案」である。提案営業では、商品の価値に営業マンの提案の価値を加えて、商談の決め手とする。したがって、安易な値引きを一切行わないのである。

8.ベネフィットを描写
 営業マンが自社の立場から一方的に説く優位的特徴がもはや通用しない。商品がどれほど優れているかという説明である。これからは顧客の立場で「ベネフィット」をありありと描くことが大切である。顧客が商品の購入を通じて享受しうる利益や利便、利点などだ。
 ここで注意すべきは、優位的特徴が自社の側に固定的に備わっているのに対して、ベネフィットは顧客によって異なるという点である。もはや売り手にとって都合のよい顧客一般などは存在しない。営業マンが相対するのは、まさに“個客”なのである。
 営業の現場では、商品パンフレットという共通ツールによる説得が力を失い、「提案書」という個別ツールが不可欠になっている。

9.顧客の攻略から協同へ
 提案営業は、顧客との「協同」に大きな特徴がある。顧客を攻略するという発想は、提案営業にまったく馴染まない。これは相手をやっつけることだ。対立的な思考は、提案営業の基本精神を踏みにじる。
 提案営業とは、相互利益を目指す“共生”の活動である。取り引きよりも「取り組み」というイメージに近い。

10.顧客満足の実現が目的
 あらゆる企業にとって、自社利益を実現することが最終的な目的である。だが、提案営業ではあえて「顧客満足」を実現することが目的だと指摘しよう。自社利益は、あくまでもその結果である。
 営業マンを評価する際に、顧客満足度を唯一の基準とする企業が出現し、業績を急拡大している。訪問件数や販売成績による量的な評価を行わない。顧客満足と自社利益をともに実現できるのが「提案営業」である。

11.継続的なつきあいを!
 成長市場のように、営業マンが新規顧客を次々と開拓することは幻想でしかない。攻め落として買わせたら勝ちという単発的な取り組みから、同じ顧客と「継続」してつきあい、長期に渡る愛顧を獲得することが基本となる。


 提案営業では既存顧客への働きかけを重視する。自社に利益をもたらし、自分に給料を払ってくれるのは、もっぱら既存顧客だからである。新規顧客との取り引きが一回で終わるかぎり、それは赤字と考えなければならない。既存顧客の維持と比較して、新規顧客の開拓には数倍のコストがかかっている。
 真の顧客満足は、顧客との共感と信頼づくりを目指す創造的な営業活動からしか生まれない(図1-4)。営業マンは顧客のベネフィットに直結する提案を行うことで顧客と「対等」な関係を築き、パートナーシップの確立に努める。

12.知恵比べの時代の営業方法
 営業マンが過去の実績や方法に固執すると、うまくいかないはずだ。提案営業は“知恵比べ”の時代の新しい営業方法であり、営業マンが「知力営業」を実践することである。商談での付加価値の創造が焦点となる。
 量が確実に縮小していく環境下にあって、なりふりかまわず量の拡大を図ろうとする営業活動はもっとも愚かしい。量的拡大から質的充実へは、時代のトレンドである。営業活動の「質」に目を向けて徹底的に充実させる姿勢が、販売成果という「量」を拡大させる唯一の道である。
 21世紀を目前にして延々と続く「リストラ」は企業活動の再構築であり、経営とマーケティングにおける質的充実を志向するムーブメントである。だが、営業活動にこそリストラが必要なのではないか。見方を変えれば、提案営業とは営業活動のリストラにほかならない。

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